渋沢教会
更新日:2015.05.09

4月12日 御言葉の説教「もう駄目だ!と思えたら」

大井 啓太郎牧師
ホセア6:6
マルコ2:13〜17

 

 レビがどのような経緯で徴税人になったのか、定かではありません。 富を蓄えることを人生の最大目的と考えて、人々の侮蔑の言葉を甘んじて受けていたのか、ローマ帝国に支配されているという現実の中でしたたかに生きていたのか、 また私たちがしばしば直面する現実のように、したい職業に就くことができず、生活のために仕方なくその仕事に就いていたのか、それは分からないのです。 しかし言えるのは、私腹を肥やしていた徴税人に誰も好き好んで、語りかける者はいなかったということです。 神の正しさを求め、神を愛している人であればなおさらそうだった。主イエスが、自分の前を歩き過ぎようとしていても、彼は無関心でした。 いや無関心を装うしかなかったのです。自分が神の国から遠い罪人であることを、彼自身が一番知っていたのですから。 しかし、主は彼の前に立ち止まった。そして語りかけました。「私に従ってきなさい」と。 この人は、何で自分なんかに声をかけたのだろう、 そんなことを考える前に後にマタイの福音書の著者となるレビは今までとは全く違った人生の可能性を感じずにはおれなかったのです。 そして、収税所から立ちあがり、イエスに従ったのです。この後、レビは自分の家に主を招き、食事を共にしました。その様子をファリサイ派の律法学者が見ていました。 そして「どうして罪びとである彼らと食事をするのか」と問いました。それに対し主イエス様は、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。 私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と語られました。

 私たちの常識は、より正しいものが救われると思っています。しかし、主が救おうとされたのは、罪人であり、主はその人のために来られたのです。 私たちもまた、主との出会いによって大きく人生の方向を変えられたものたちです。何をなすことが主に従うことになるのか考えよう。