渋沢教会
更新日:2015.06.06

5月24日 御言葉の説教「神の風が吹く時」

大井 啓太郎牧師
イザヤ32:15〜18
使徒2:43〜47

 

 ペンテコステの日、主イエス様が受けよと言われた聖霊が、何の取り柄もない人々に与えられ、外国語をしゃべらせる力を与えただけではなく、 迫害におびえる人々を福音の担い手に生まれ変えさせました。彼らの殉教を厭わない宣教の情熱によって、福音が世界中に広まっていったのです。

 しかし、皆さん伝道というとどのようなイメージをお持ちでしょうか。伝道から連想する言葉は何でしょう。 「大変」とか「難しい」そんな言葉が真っ先に思いついてしまうのではないでしょうか。

 確かに伝道は、大変であり、難しいものです。勇気が要ります。 私たちカンバーランド長老教会の宣教師であるヘール先生たちは、大阪・和歌山で伝道されましたが、宿屋では宿泊を拒否され、 集会所を借りる事ができずに海岸で説教をしたそうです。現代でも、教会として建物を借りようとすると、なかなか貸してくれません。

 しかし、大変で難しいからといって伝道しなければ、誰がみ言葉を聞く事ができるでしょうか。誰が神様の愛を知るでしょうか。 昔も今も、そしてこれからも誰かが困難な中で福音を大事な人に届け、そして届けられた人がまた、大切な人に困難を押して福音を届けるという営みでしか、 福音は運ばれないのです。大変で、難しい伝道の実りは、確かに人を救うのです。

 しかし、今日与えられているみ言葉には、もっと自由で、喜びあふれる伝道の仕方が記されていました。 「心を一つにし、喜んで」生活していることが、大切なのです。何か閉じ籠って自分たちの救いだけを追い求めるような集団ではなく、 開かれた、そこに集うことで安らぎがあり、楽しくなるような集団であることが重要なのです。