渋沢教会
更新日:2015.06.21

5月31日 御言葉の説教「悪霊の頭イエス?」

大井 啓太郎牧師
イザヤ49:24〜25
マルコ3:20〜35

 

 「あの男はべルゼブルに取りつかれている」と主イエス様の家族に告げたのは、ファリサイ派の人々でした。 べルゼブルというのは、カナンの土着神の名前で「高い家の主」とか「蝿の王」という意味で、さげすんだ言い方でした。 ファリサイ派、律法学者たちにとって主イエス様は、断食はしない、罪人と平気で食事をする、そればかりか安息日も守らない。 しかし、病人を癒す不思議な力をもっている。イエスという人物は、もう、悪魔の力に頼っていると結論づけるしかなかったのです。

 そのような彼らに対して、主イエス様はその論理を覆されました。その第一は内輪もめすればそれは立ち行かないという事でした。 しかし、何より一番大切なことは、「聖霊を冒とくしてはならない」ということです。

 私たちは、先週、ペンテコステを祝い、聖霊の素晴らしさを再認識しましたが、聖霊を冒涜する罪は重いと主は語られるのです。 正しい、よい行いを聖霊は導きます。主イエスの示した事柄は、まさに聖霊の力によるものでした。 しかし、律法学者らはそれを認めたくないばかりに、悪霊の仕業に仕立てようとしたのです。そのことに対して、主は警告されたのでした。

 その後、主イエス様は会いに来た家族に「私の家族とは誰か」と言い放つのです。 この一見冷たく響く言葉の中には肉の家族ではない、霊の家族があることを示すのです。 主イエス様は私たちが見落としがちな、神の家族について「御心を行う」という共通の意識が真の家族だと語るのです。 教会がその霊の家族の家となるように私たちは、私たちの交わりを再確認したいのです。