渋沢教会
更新日:2015.07.20

6月21日 御言葉の説教「ともしびを照らそう」

大井 啓太郎牧師
詩編18:26〜31
マルコ4:21〜25

 

 人を平気でだます犯罪が横行している。人を信じられなくなる。だからこそ私たちは本当に信じるに値する貴いものを探し求めるのだと思う。

 主イエス様は、ともしびつまりろうそくのようなものは、ベッドの下に置いておくのではなく、あたりを明るくするために高い所におくだろう、と語られた。 これだけ聞けばそんなの当たり前だと思うのだが、そのようにしていない人が大勢いるということを主はたとえで話されているのだ。

 今日の聖書には、「異なった教えに惑わされてはいけません」とありました。

 ここでいうともしびとは、周りを明るくするもの、照らすもの、つまり福音である。 私たちを愛し救ってくださるという神様の良き知らせ、福音は、隠されるためではなく周りを照らすためにきたのだ、というのがこのたとえの意味である。 ただ、何でもそうだが、最初は小さな所から始まる。大河も一滴の水からなり、大火事も小さな火の不始末から起きる。 弟子たちが理解し、そして彼らが彼らの経験を踏まえた言葉で福音をさらに豊かなものにしていく。そうやって、小さな光は大きくなっていく。 しかし、もし自分が受けた喜びを隠してしまうなら、それはベッドの下のろうそくのように、全く役に立たないものとなってしまうのである。

 御言葉を聞いてからどうするか。ということが関係している。大事にたんすの奥にしまってたんすの肥やしにしてしまうのか。 それとも用いてさらに豊かなものとするのか。 私たちは「私は世の光」(ヨハネ8:12など)と語られた主イエス様の光に輝かされて、神の栄光を放つ存在、暗闇に光を与える存在なのだ。