渋沢教会
更新日:2015.07.20

6月28日 御言葉の説教「主イエスのたとえA小さい種大きい夢」

大井 啓太郎牧師
エゼキエル17:22〜24
マルコ4:26〜34

 

 イエス様は大きいものではなく、小さいものを、多くのものではなく少ないものを尊ばれましたが、 それは、一言で言えば私たちの持つ価値観をひっくり返そうとされたからです。人間としてもっと大事なものを見なさい、 聞きなさいと、視点の間違いを気付かせようとするものだったのです。 イエス様の語られた福音は、神さまは、全てのものを個性がありながらも等しく愛されている、 神様に立ち返る全ての人に神の国は開かれているというものでした。 今この世界で不当に不平等に扱われている人々、小さく・少なく・弱いものに対して、神様はちゃんと見ていて報いてくださるよ、 ちゃんと大どんでん返しがあるよと肩を持ってくださったがゆえに、そしてそれが真理であったがゆえにイエス様の福音は、衝撃的なものだったのです。 そのような意味で種は神の国を説明する上で絶好のモチーフだったのです。

 神の国は、すでに現在進行形の生きた現実であることも、種というたとえは語っています。 すでに全ては用意されている、神の国の種は蒔かれている、それは一見目に見えないものではあるけれど、 人が知らないところで確実に成長して、誰もが目を見張るものとなる。これと同じように、私たち一人ひとりが小さくとも、 誰にも認められるようなものでなくとも、信仰の種を大事に育てることが大切、そのようなものに神さまの国の門は開かれている。 これが、イエス様のからし種のたとえに込めたメッセージでありました。

 今日与えられているみ言葉には32節「蒔くと、・・・」とあります。 何がどのように大きくなるか、どのような葉を出し、どのような花をつけ、どのような実を結ぶのか私たちはまだ分かりませんが、 それでも主なる神さまが成長させてくださることを信じて、まずは、蒔いてみるしかないのです。