渋沢教会
更新日:2015.08.29

8月16日 御言葉の説教「きっと報われる」

大井 啓太郎牧師
マラキ3:19〜24
マルコ6:14〜29

 

 バプテスマのヨハネがヘロデによって処刑されるいきさつは、兄のフィリポの妻ヘロディアを妻としたことから始まりました。その律法はレビ記18:16に記されています。 ヘロデは、ヨハネを尊敬していたと書かれていますが、そのことを責められ、反乱の種になることを恐れ、投獄していたのでした。

 しかし、宴会の席で、義理の娘サロメの踊りに、(聖書には彼女の名前は出てきませんが、「古代ユダヤ誌」という別の文献にはその名前が出てきます。)の歓心を買おうと、 何でも褒美を取らせると約束してしまい、母の入れ知恵でヨハネの首と言ってしまったのでした。

 彼らは普通の人物でした。普通の自分の愛に正直な人々だったのです。ヘロデはヘロディアを愛していましたし、ヘロディアもヘロデを愛していました。 サロメも親のために精一杯踊り、そして愛する親の言うことを聞いたのです。しかし、それが、悲劇を生みました。命は踊りの褒美となり下がりました。 律法よりも正義よりも自分たちの愛を優先したのです。為政者が何でも意のままにする典型です。ヨハネの命はこうして、何の落ち度もないのに踊りの褒美として奪われました。

 私たちの人生も、何の落ち度がなくとも、いや落ち度がないことによって逆に不条理な目に会うことがあります。 「神様、なんでこんなことをそのままになさるのですか?」と問わずにはいられない出来事に直面することがあります。力のある者の意のままに動いている不条理な世界。

 しかし、思うのです。神様はそのままにはしておかれないと。バプテスマのヨハネによって主イエスの道は備えられました。 彼の死は決して無駄ではなかったのです。私たちが直面する不条理な出来事、特に主の愛を伝えようとして起きる出来事は、万事を益として下さる神が、きっと報いて下さるのです。