渋沢教会
更新日:2015.10.19

9月27日 御言葉の説教「ワンスモア(もう一度)」

大井 啓太郎牧師
詩103:1〜22
マルコ8:22〜21

 

 主イエス様が4000人以上の人々に7つのパンと少しの魚から分け与えた奇跡はすぐ前の6章にも5000人以上の人々にパンと魚を分け与えた記述があり、 実は同じ奇跡物語が別の形で伝わっているのではないかと考える聖書学者もいます。それを判断するのは難しいのですが、少なくともマルコ福音書は、 この奇跡が異邦人のためになされたこと、また弟子たちの無理解さを象徴する物語としていることが、大事な所です。 では、異邦人に行われたことがどうして重要なのでしょうか?ユダヤの民は自分たちこそ、神の民だと自負し、救われるのは自分たちだけだと思っていました。 しかし、この箇所は異邦人も又、信じる者たちは主の聖餐に与ることができるということを表しています。異邦人の救いを明確に意図している箇所なのです。

 また、弟子たちの無理解さは、主イエス様の十字架の死、そして復活まで続く出来事です。 マルコ福音書は主のなさること、語ることを理解せず、何度奇跡を体験していてもその都度、初めて体験するかのように描くことによって、 彼らが全く賢者ではなかったということを読者に示しているのです。

 私たちもまた、主の救いの奇跡を何度経験していても、主を疑ってしまう弱い人間です。 私は妹の死に際し、何で取り去るのですか?何か悪いことをしたのですか?と神様に問いました。 普段は、すべて神様のご計画ですと言っている自分が、そのように神様を疑ってしまうのです。 しかし、妹は私に「私を愛してくれていた神様の所に帰るのだから何も心配していない」と告げたのです。 そして神を信じ平安の中で残されたいのちを全うしました。私は、「あぁ、神様を信じていて良かった」心の底からそう思いました。 神様は、天国での再会を約束しておられます。もう一度、彼らと再会するために与えられた命を精一杯生きましょう。