渋沢教会
更新日:2015.10.27

10月4日 御言葉の説教「奇跡は見世物じゃない」

大井 啓太郎牧師
詩103:1〜22
マルコ8:11〜21

 

 主イエス様のもとにファリサイ派の人々が来て、モーセやエリヤがしたような人間がどうすることもできないような天からのしるしを求めました。 ファリサイ派の人々は、イエス様が多くの病人をいやし、様々な奇跡をされていたことを知っていましたが、それでは満足しなかったのです。 私も、イエス様が神の子なら、世界がひっくりかえるような力を示せば、誰も疑わないだろう、そうすればすぐに、イエス様を信じる人々ばかりになるだろうと思っていました。

 しかし、はたしてそうなのでしょうか?私たちは4年前、東日本大震災を経験してもなお、原子力に頼ろうとしています。 利益に目がくらみ、そこから教訓を見ることも、聞くこともできないのです。 それと同じように、いくら人知を超えた不可思議な出来事を経験したとしても、別の理由をつけて認めることが結局のところできないのが人間なのです。

 主イエス様は、人の苦しみを見過ごしにできずに様々な力を示されましたが、それらによって自分の名声を高めようとはされなかったのです。 イエス様は「見ないで信じる者は幸い」とおっしゃいました。しかし弟子たちは、主の不思議なわざをみて従ったのです。 ペテロやアンデレは漁をしていた時に、マタイは収税所で名前を呼ばれて従いました。彼らは心動かされたのです。他の誰にもない何かを主イエスに見たのです。

 私もまた、見て信じたように思うのです。それは天変地異ではありません。聖書の中にある、誰よりも私を愛してくれている神の姿を主イエス様に見たのです。 「あなたを休ませてあげよう。」そうすると、本当に不思議な奇跡が日々起こるのです。 奇跡を見せてくれと言って奇跡は起きません。しかし、信じる心をもつ者に奇跡は起こるのです。私たちの罪を贖って下さるそのしるしだけに私たちは望みをおこう。