渋沢教会
更新日:2015.11.09

10月25日 御言葉の説教「重い十字架だけど」

大井 啓太郎牧師
ヨナ2:1〜3
マルコ8:31〜9:1

 

 聖書の中心、キリスト教の中心は、主イエス・キリストの死と復活です。

 主イエス・キリストは、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と神の国の到来を人々に告げました。 そして、人々を教え、病気の人々を癒し、様々な奇跡を示されました。当時権力を握っていた人々に対しては、厳しく批判をしました。 愛の欠如を指摘したのです。聖書の語る隣人を愛するということがどういうことかを示されました。 そしてその究極的な愛は、神自らが、人の汚れや罪を背負うために、愛する神の子を身代わりにするということだったのです。 ですから、主イエス・キリストは当時の宗教指導者たちや権力者たちの反感を買い、殺されるのですが、3日目に甦ると、弟子たちに告げたのでした。

 その言葉に一番弟子のペトロが驚き、いさめました。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」(マタイ16:22)。 しかし、その時に主イエスはペトロに言います。「サタン、引き下がれ」と。主イエスを心配しているように聞こえますが、実は自分のことを心配していたのです。 「あなたが死んでしまったら、わたしたちはいったいどうなってしまうのですか?」という気持ちです。

 主イエスは言います。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。」と。 人生をよく生きるためには、捨て去りたい嫌なものをしっかりと見つめていかなければならないのです。 私たちが抱える不安、悩みは本当に重いものです。自分では抱えきれません。だからこそ、主イエスに頼るのです。 「私の元に来なさい。休ませてあげよう」という言葉を信じて。