渋沢教会
更新日:2015.12.24

11月22日 御言葉の説教「誰が一番偉いのか」

大井 啓太郎牧師
詩編62:1〜9
マルコ9:30〜37

 

 12弟子たちは誰が一番イエス様のおそばで食事をするかとか、イエス様の後を歩くのかとか、そんなことから順番を決める必要があったのでしょう。それが、いつの頃からか、誰が一番イエス様に愛されているか、誰が一番偉いのか、そんな話になったのではないかと思うのです。馬鹿な論議ですが少し同情もできます。少しでも、イエス様の近くに座りたい。話がしたい。認められたい。また、「イエス様のお弟子様」と人々から尊敬も受けたい…。

 古い時代劇の「清水の次郎長」に出てくる森の石松が一番の子分は誰かを船の中で聞く有名なくだりがありますが、イエス様に従って自分もえらくなれる、そんな気持ちが弟子たちにはあったのです。

 しかし、主イエス様は、そんな弟子たちの前に子どもを立たせて「いちばん先になりたいものは、すべての人に仕える者になりなさい」と言われました。主に従うものとは、偉さを求めてはいけないのです。児童祝福式の時にも話しましたが、ただ母親を信じておっぱいにしゃぶりつく赤ん坊のように、神様にしっかりとしがみついて離さない信仰こそ、私たちの信仰の目標なのです。

 イエス様は、人生を上昇思考ではなく、下降思考という逆転の発想で生きられた。事実、神の国から私たちの元へ下ってくださり私たちに仕えられた。それは私たちに新しい生き方を提示してくださったことでした。それはまさに古い生き方から、新しい生き方への転換を意味しています。イエス様は、最後のものをしっかりとみておられます。