渋沢教会
更新日:2015.12.24

11月29日 御言葉の説教「キリストの味方」

大井 啓太郎牧師
民数記11:27〜29
マルコ9:38〜41

 

 弟子たちはイエス様の名前を使って悪霊を追い出している人を見かけて、その人がしていたことをやめさせようとしました。私たち以外でイエス様の名前を使うなんて許せない。これが弟子たちの思いでした。報告したヨハネもイエス様によくやったといわれることを期待していたのではないでしょうか?しかし、意外にも主はお許しになるのです。

 この出来事を真っ先に報告したヨハネはイエス様からボアネルゲス、雷の子というあだ名を兄弟のヤコブとともにつけられていました。ヨハネとはもともと「神は恵みぶかい」という意味ですから、名前とは正反対の気性の激しい人だったのです。 イエス様はそんなヨハネのことをよく知っていましたし、何よりイエス様は、罪を赦すお方だったのです。 自分たちが知らないところで、主の噂はひろがり、キリストの名前が求められている。

 先日、外でイルミネーションの飾りつけをしていた時、一人の男性が話しかけてきました。その方は青山大学を卒業して、キリスト教にふれたことがあるというのです。その人は残念ながら知識としてキリスト教に触れただけで、神の愛の本質を受け入れていないことが、話していてわかりましたが、そのような人を礼拝に来ないから駄目だと、決めつけてはいけないのです。

 私たちは、ややもすればクリスチャンかそうでないという枠で人を見がちになってしまいます。それは、例えば日本人か、外国人かとか、男か女かとか、正社員か、派遣社員か、独身か、既婚か。そのような目で人を判断すると思わぬ間違いを犯すことになる。

 クリスマスが日本の年中行事になり、本当の意味が分からないでクリスマスを祝う人の中から、主の名を呼び求める人が出てくるのです。