渋沢教会
更新日:2015.12.26

12月13日 御言葉の説教「待つものから出ていくものへ」

大井 啓太郎牧師
イザヤ42:5〜7
ルカ2:22〜38

 

 ヨセフ一家は、律法の規定通りに幼子イエスを連れて、エルサレムに行きました。ヨセフの家は裕福ではなかった事がその献げ物から分かりますが、主の前に正しい人たちであったことも分かります。そしてこの時、2人の、やはり神の前に正しい人と出会います。一人はシメオン、もう一人はアンナという女性です。彼らの事は四福音書でもこの箇所にしか書かれていませんが、彼らの存在は神の救いの計画の中にあっては重要でありました。

 シメオンの名前は「聞く」という意味です。彼は、イスラエルの救いを心から待ち望んでいたのです。そのようなシメオンは、救い主の到来を「見る」者としての使命を神から与えられたのです。「それほどまで願うのであれば、あなたがそれを見届けなさい」と神は願いを使命とされたのです。もう一人の年老いた女預言者アンナもまた、救い主を見て、人々にこの事を伝えたとあります。彼女は女性としては不遇でした。しかし、神が約束された幼子と出会い、シメオンと同様、喜びの内に天に召された事でありましょう。喜びのうちに終えることのできる、そして始まる生涯とはなんと素晴らしいものかと思わされるのです。クリスマスは、このように多くのものが変えられた物語でもあるのです。

 この物語から教えられる事、それは神の力は祈り願う者を通して現れるということです。私たちは自分にできないような事を神様に祈り求めます。しかし、同時に神の声を聞いているのです。そして、真実に神の声を聞いた時、私たちは使命を持つ者に変えられるのです。シメオンとアンナは旧約の預言に生きていました。彼らの願いは主イエスとの出会いによって成就しました。私たちも主のご降誕を待つものから、喜びを携え出ていくものへ変えられましょう。