渋沢教会
更新日:2016.1.22

12月27日 御言葉の説教「心の扉を開いた一年だったか」

大井 啓太郎牧師
詩編15:1〜5
マルコ2:15〜17

 

 2015年の教会の主題は「心の戸口を開く」というものでした。主イエス様は「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」と語られました。主イエス様は、誰とでも食事をするようなオープンな方でした。親しい人とばかりでなく、ローマ人の手先として嫌われていた収税人の家でも食事をしたのです。これこそ、心の戸口を開いた手本でしょう。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」この言葉は、主が救おうと、主がご覧になっていた人々は、常に病んで苦しむ人に注がれている事を示しています。現代のキリスト教会もまた、様々なことでファリサイ派のようになっていることをイエス様に指摘されているように思うのです。

 そのひとつが、同性愛のことです。キリスト教の考え方では、伝統的に同性愛はタブーです。一般社会も同じでした。しかし、社会が同性愛、同性婚を受け入れるようになってきて、教会は大きな判断を迫られています。旧約の律法から続く教えではNOだが、イエス様は罪人を招くために来られたのではなかったか?同性愛、同性婚の何がいけないのかということを、問い直す必要に迫られているのです。

 主は罪の直中に来られたのです。そして、私たちを死から甦りへと招いて下さっているのです。主がマタイに語った「私に従いなさい」という言葉は絶えず私たちへの招きの言葉です。ファリサイ派の人々はその信条によってこの交わりを拒絶しましたが、主イエスは出自や職業、性などの全ての隔たりを越えて全ての者を神の国の食卓へ招かれますし、また、主に建てられている教会はその事を現代(ここ)に実現できる場なのです。