渋沢教会
更新日:2016.8.6

6月12日 御言葉の説教「イエス・キリストの名によって」

大井 啓太郎牧師
エレミヤ7:1〜7
使徒3:1〜10

 

 使徒言行録は、福音書以上に不思議な奇跡物語が多く出てきます。何の力もない使徒たちが、「イエスの名によって」祈ると病が癒されたり、悪霊が追い出されたりするのは、もちろん聖霊の力なのですが、今の私たちの信仰から考えると違和感があるのです。しかし、使徒言行録に出てくる使徒たちは、「主イエスの名によって」癒し、悪霊を追い出しました。自分の力ではなく、そのことが御心なら、それを願えばかなえてくださるというのが、信仰であり、祈りの力です。

 生まれつき足が不自由な男性が、ペトロとヨハネに出会いました。彼は、いつものように「美しい門」というところに親しい者に連れてきてもらい、施しを受けるために座っていたのです。この男性は、何かもらえるだろうか、そのような期待とあきらめが半々の目で見たのです。皆さんだったらどうでしょうか?そのような目で見られたら。たいていは目を背けてしまうと思うのです。目を背けて通り過ぎてしまうか、かわいそうと思えば、小銭を渡すかもしれません。しかし、その人と積極的に関わろうとは思わないはずです。しかし、ペトロたちは違いました。この男性をじっと見て、「私を見なさい」と言ったのです。彼はそのようにしました。何かもらえるということを期待して。ペトロは「金銀はないが主イエスの名によって歩きなさい」と言ったのです。そして彼の手をとると、彼の足は癒され立ち上がったのです。そして喜んでその美しい門から中に入ったのです。彼はその障害のゆえにこれまで一度も神殿の中に入ることが許されなかった。それが、今はこの美しい門をくぐり、神殿に入ることができたのです。彼は肉体的だけでなく精神的に癒されました。私たちに特別な力はありません。しかし「主イエス・キリストの名」によって希望が与えられています。また、ペトロたちのように世界をキリストが見るように見るとき世界は変わって見えるのです。

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