渋沢教会
更新日:2016.8.6

6月26日 御言葉の説教「話さないではいられない」

大井 啓太郎牧師
詩116:1〜19
使徒4:1〜22

 

 40年間歩けなかった人が歩けるようになったという主イエスの名によるペトロのなした奇跡は、5000人もの人々をクリスチャンとしたのです。しかし、復活を信じないサドカイ派の者につかまり、牢に入れられ、翌日衆議会に引き出され、いろいろな質問をされますが、それでもペトロらは、「イエス・キリストの名によるもの」と語りました。そして、その生き証人がペトロらの傍らに立っていたのです。ユダヤ当局者たちは、自分たちが十字架にかけて殺したイエス・キリストの名前が広がることを恐れ、ペトロらにイエスの名を口にして、教えないように脅しますが、ペトロらは20節「…見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」ときっぱりと、そのおどしに立ち向かい、どうしようもすることができずに彼らは釈放されたのです。

 「話さずにはいられない」。楽しいこと、素晴らしいこと、嬉しいこと、そんな出来事に接すると私たちは、誰かに話したくなるものです。キリスト教の伝道もまた、弟子たちのイエス・キリストの復活という驚きと、神に愛された存在であるという喜びが、その原動力になったのです。戦争に明け暮れ、生活が安定しない者。だれも自分のことで精いっぱいで自分のことなど気にもかけてくれない杜会。あるものは奴隷として自分らしく生きることを奪われている者。苦しい病気で希望を見いだせなかった者。イエス様が生きた2000年前のユダヤはそんな場所でした。人々は、イエス・キリストに新しい世界を見たのです。そして、主の復活によってそれは、絵空事ではないことが弟子たちには分かった。ペンテコステの出来事によって、力が与えられた。だからこそ、弟子たちはどんなに迫害があろうとも、イエス様を救い主と喜んで証したのです。私たちも、もっとイエス様の素晴らしさを伝えましょう。敬遠されるかもしれません。しかし、もしあなたが今話さなかったら、永遠に後悔することもあるのです。

説教詳細は休みます