渋沢教会
更新日:2016.8.20

8月7日 御言葉の説教「神ってる?」

大井 啓太郎牧師
エレミヤ書17:14
使徒5:12〜16

 

 「使徒たちの手によって多くのしるしと不思議なわざとが民衆の間で行われていた」(12節)。中でも、ペトロは弟子たちのリーダーでしたから、人々はこぞってペトロに癒してもらおうとして、彼の影が病人にかかるようにすればそれだけで病気が癒されると信じたのです。そして一人残らず癒されたと、聖書は語るのです。

 今、プロ野球のセ・リーグは広島カープが独走状態で首位に立っていますが、鈴木という選手がチャンス時によく打って勝利しているのでカープファンの間では「神ってる」という言葉がはやっています。「神ってる」というのは、「神がかっている」を省略した若者言葉です。神様が味方してくれているように事柄が進んでいくことを神がかっていると言いますが、まさにこのときのペテロや使徒たちは人々から「神ってる」と思われていたのです。しかし、実は、神がかるということには、いくつかの要素があるのです。

 先ほどの鈴木選手の場合、彼は、ファーストストライク、つまり最初のストライクを打つことに徹しているというのです。追い込まれる前に打つことが結果的に良い成績につながっているというのです。その他にも、ファンのためにという思いや、日々の練習などもあるでしょう。同じようにペトロたちにも「神ってる」理由があったと思うのです。それは人を救いたいという「情熱」、主から示された「愛」、救われたという「喜び」、エレミヤが語ったような神への「信頼」などです。彼らのこのような教えや生き方に触れて、人生に絶望していた多くの人々が癒されていったのです。神に見放された人生ではなく、神に愛されている人生であることを彼らの言葉と行いから信じだす時、確かにその人の人生は変わり始めるのです。私たちも心を込めて人と接するなら、きっと何かが変わり始めるのです。

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