渋沢教会
更新日:2016.9.17

9月4日 御言葉の説教「ステファノから学ぶA」

大井 啓太郎牧師
エレミヤ書6:9〜12
使徒7:17〜60

 

 このステファノの長い歴史の説明は、同時に彼の説教であり信仰の告白でした。アブラハム・イサク・ヤコブ・ヨセフそして、モーセと神とともに歩んだイスラエルの民は、士師の時代を経てソロモンによって神殿を建てましたが、南北分裂、アッシリアやバビロニアという近隣の大国に征服されるにいたり、神殿こそ、イスラエルの中心として理解してきたのです。しかし、ステファノは48節「いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません」と、イザヤ書66章を引用して、その神殿中心のあり方にノーを突き付けたのです。さらに51-52節にあるように、預言者を迫害してきた支配階級の人々にも、主イエスという偉大な預言者を十字架につけたことを告発しました。そして、彼は最後に56節「人の子が神の右に立っておられるのが見える」と主イエスが神の側におられることを示しました。これらステファノの言葉を聞いた人々は、自分たちの信仰の拠り所である神殿や、制度や習慣を根本から否定されたと感じたことでしょう。彼らはステファノに石を投げつけ殺そうとしたのです。しかし、その間、ステファノは「この罪を彼らに負わせないでください」ととりなしの祈りをささげ、そして眠りについたのです。

 この事件の後、すぐにクリスチャンたちに迫害が起きたと、続く8:1に記されています。それまで、ユダヤ教の一派のような理解がユダヤ人にもクリスチャン側にもありましたが、ステファノが示したようにエルサレム神殿で行われている儀式は、主イエス・キリストの存在以上ではないことが明らかになったからです。彼のような信仰をなかなか持つことは難しい、しかし、同時に思うのです。多くのステファノがいたからこそ、信仰のバトンは手渡され続けてきたことを。彼らのまっすぐで熱い信仰を私たちも引き継いでいきたいのです。

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