渋沢教会
更新日:2016.10.29

9月18日 御言葉の説教「救いを求める全ての人々のために」

大井 啓太郎牧師
イザヤ書53:1〜12
使徒8:26〜40

 

 サマリア地方で、主イエス・キリストの福音を伝え、多くの奇跡を行い、洗礼を施していたフィリポでしたが、神様は、フィリポにそこを発って南のガザ地方に続く道に行くことを、天使を通して命じられました。 すると一台の馬車を見かけ、そして中からイザヤ書を朗読する声が聞こえました。その声の主は、エチオピアの宦官でした。宦官というのは、去勢された男性の役人のことで、当時のエチオピアは、女王が国を治めており、補佐する役人は皆去勢された宦官だったのです。その中でも彼は、女王の全財産を管理するものでしたから、高い地位にいたことは言うまでもありません。彼はエルサレムで礼拝し、帰る途上でした。「読んでいることがわかりますか?」とフィリポが話しかけると、エチオピアの宦官は、彼を馬車に招き入れ、この預言の意味を質問したのです。フィリポはこの聖書の預言が、主イエス・キリストのことであることを説き明かしました。

 これを聞いた宦官は「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」と、イエス・キリストを信じる洗礼を願い出たのです。彼は高い地位にありながら、宦官という立場の中で神に救いを求めていたのです。このイザヤ書53章を読んだ時、この苦難の僕に彼自身をも見たのではないかと思うのです。と同時に、イエス・キリストにこそ真実があると示されたのです。洗礼を受けたエチオピアの宦官は喜びにあふれて旅を続けたと聖書は記していますが、それは彼のその後の人生を表している言葉でもありました。神様は、信じるものを差別しません。いろいろな出会いの中で出会った人々の中には、あなたが福音を説き明かしてくれることを望んでいる人もいるのです。

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