渋沢教会
更新日:2017.1.7

11月6日 御言葉の説教「人から人へ」

大井 啓太郎牧師
詩編24:1〜10
使徒11:1〜4, 17〜30

 

 イタリア隊の百人隊長コルネリウスに会い、そこで異邦人のペンテコステを経験したペトロは、彼らに洗礼を授けました。そして数日彼らのところに滞在したのです。その様子について聖書は多くは語っていませんが、新しい信仰の友、主にある兄弟姉妹との交わりがいかに素晴らしいかは、私たちも経験して知っている通りです。しかし素晴らしさではなく、律法で罪とされた異邦人と食事をしたということが、クローズアップされてしまったのです。私たちも、大体、問題なことを問題としてしまう傾向があります。そしてそれは、信仰の問題というより、私たちの慣習や伝統の違い、もっと言えば、なじみのなさからくる嫌悪感といった感情的なものだったに違いありません。彼らが無割礼な人々といった場合、それは信仰のない、滅ぼされるべき存在として理解されていたのです。弟子たちもそうであったように、イスラエルを解放してくれる存在として主イエスをメシアと信じていた人も多くいたでしょう。そういう人たちから見れば、ペトロのとった行動は、敵への寝返りのようにも見えたのだと思うのです。

 それに対しペトロは、先週学んだ出来事を、一つ一つ丁寧に、説明しだしました。汚れた動物が天から降りてきて、食べなさいという声が聞こえたこと、このような汚れた食べ物は食べたことがないと言ったら、「神が清めたものを清くないなどとあなたは言ってはならない」と3度言われたこと、その時コルネリウスの使いが来たこと、コルネリウスが見た天使のことなど、彼は説明したのです。そして、異邦人を受け入れることが神様の御心だと悟ったことを伝えたのでした。これを聞いた人々は、やっと異邦人を受け入れることができるようになったのでした。誠実に事柄を伝えることによってのみ人の心を変えることができるのです。こうして主の福音は人から人へ伝えられていったのです。

 現代社会は、技術的には情報の伝達は早く正確になりましたが、それを発する人の心は、誠実さが欠けているように思うのです。誠実さが欠けた言葉は、何も生まず、何も変えられない。心を込めた真実の言葉こそ人を動かす力です。

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