渋沢教会
更新日:2017.1.7

11月13日 御言葉の説教「生かされて活きる」

大井 啓太郎牧師
ダニエル書3:14〜18
使徒12:1〜19

 

 クリスチャンと呼ばれる、主イエスをメシアと信じる人々がユダヤの中で着実に増えていく中で、ユダヤ教徒による迫害が激しさを増したことが1節に記されています。ヘロデ王というのは、ヘロデ大王の孫にあたるヘロデ・アグリッパ1世を指しますが、王が迫害したということは、国全体がイエス・キリストを信じる人々を認めなかったということです。それだけ、既存のユダヤ教の教え、律法に対して脅威となったのです。その中で12弟子の一人のヤコブは捕らえられ殺されたのです。そして、一番弟子と目されたペトロも、つかまってしまい、明日処刑されるというところまで追いつめられたのです。ペトロが捕らえられたその牢は、4人一組の兵士4組で厳重に守られていました。クリスチャンが彼を奪い返しに来ることを恐れていたのでしょう。しかし、教会で行われていたのは、ペトロ奪還計画ではなく、祈りでありました。クリスチャンの武器は、剣ではなく祈りだったのです。

 とうとう処刑前夜、ペトロは兵隊たちの間で鎖につながれたまま寝ていたのです。すると天使が現れ、わき腹をつついて彼を起こしたのです。しかし、彼は幻を見ているのだと思っていました。天使の「私についてきなさい」という言葉に従い、言われるままに彼は付いていきました。兵隊たちの詰め所を通り過ぎ、街の通りに出たところで、天使が消えたのです。その時彼は我に返り、11節「いま、初めて本当のことがわかった。」と自分が救われたことを悟ったのです。ペトロは、自分が生かされていることの意味を知ったのです。

 私たちの人生も、自分本位ではなく、神様から、生きる目的が与えられていると感じながら生きることができれば、まったくものの見方は変わってくるのです。 もう万事策が尽きたように思う時でも、主の救いを信じることができるのです。

 「私についてきなさい」これは主イエス様の私たちへの語りかけです。主に生かされて私たちは本当に活きることができるのです。

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