渋沢教会
更新日:2017.3.20

1月15日 御言葉の説教「異邦人ファーストだって」

大井 啓太郎牧師
詩編146:1〜10
使徒14:1〜20

 

 パウロ一行はピシディア州のアンティオキアから、迫害を逃れイコニオンに到着し、ここでもまたユダヤ人の会堂で福音を語りました。「異邦人のほうに行く」と宣言したパウロでしたが、やはり同胞であるユダヤ人に福音を伝えたかったでしょうし、聖書を通して神の救いの約束、歴史や預言を知っているという点では、異邦人よりも、ユダヤ人のほうが話しやすかったのだと思います。パウロらの言葉によって、ここでも多くの人々が主イエスを信じるようになりましたが、しかし、全ての人を納得させることはできるはずもなく、イコニオンでもまた、彼らは迫害され、近隣の町であるリストラに難を逃れるほかはありませんでした。

 そのリストラには、生まれつき一人の足の不自由な男性がおり、パウロは彼をいやしたのです。すると、町の人々は、パウロとバルナバを彼らが信じていたギリシャ神話に出てくる神と信じてしまったのです。パウロはヘルメス、バルナバはゼウスと。神殿の祭司が、いけにえの牛を連れてきて、パウロらにささげようとすると、パウロらは自らの衣を裂き、必死の思いでそれを止めました。しかしここにも、ユダヤ人らがやってきて、パウロらをまた迫害したのです。

 このような、リストラの町の人の考え方は、今の日本人と似たところがあります。多くの神がおり、それぞれ受け持ち分野があるのです。結婚にはこちらの神様、健康のためには、こちらの神様という風に。さらにすばらしい働きをした人間を神様としてしまうのです。今はちょうど受験シーズンですが、私も受験を控えたときに、友人に連れられてお正月に学問の神様とされている菅原道真が祭られている湯島天神に行ったことがあります。もちろん私は拝むことをしませんでしたが、多くの若者が来ていました。しかし、どれほどの人が、この世界を創られた神様を知っているのだろうか。役割分担するような神ではなく、私たちの人生を導かれる本当の神様を。私たちは大切な人に本当の神様を伝える必要があるのです。本当の神様のみを見上げよう。

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