渋沢教会
更新日:2017.4.16

2月5日 御言葉の説教「喜びの知らせ」

大井 啓太郎牧師
レビ記11:45〜47
使徒15:22〜35

 

 エルサレム教会のクリスチャンたちの多くがユダヤ人であり、その生活様式や考え方は律法中心のユダヤ教とさほど変わらなかったのでしょう。しかし、アンティオキア教会の異邦人が主イエスを信じているという現実の中で、エルサレム会議において「主イエスの恵みによって我々は救われている」という結論に至り、律法中心のユダヤ教ではない、イエス・キリストの恵みが中心のキリスト教としての独立の第一歩が印されたのです。この確認の手紙によって、異邦人クリスチャンたちは、本当に喜んだことでしょう。それでも、エルサレム会議では、最低限4つのことを守るべきこととしてアンティオキアの人々に書き送ったのです。

 それは、@偶像に供えられたものA血B絞め殺した動物の肉Cみだらな行いを避けなさいというものでした。これらは、レビ記や、申命記に見られる律法でしたが、当時の人々にとって、これは最低限守るべきものとして理解されたのです。いわば当時のクリスチャンとしての良心、ということができるのです。しかし、これさえもパウロはローマ14章で食べても食べなくても、汚れることはないと語っています。ですから、この書き送られた4つの避けるべきものも、不変の教えではないのです。時代や地域に応じて変えられるべきものであることを私たちに教えているのです。

 よくクリスチャンになるためには禁酒・禁煙をしなければならないから、自分はなれないと考える方がいます。そのルーツは、イギリスからアメリカに渡ったピューリタンと呼ばれる、規律ある生活を重んじるクリスチャンの一派の影響だと思われます。それは意味ある実践ですが、しかし、信仰の中心は、キリストの恵みにあるのです。もし「〜しなければならない」があるとしたら、それは「愛さなければならない」ということです。まさに、今この世界はこのことが問われているのです。

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