渋沢教会
更新日:2018.9.15

12月03日 御言葉の説教「待降節@ 希望の約束」

大井 啓太郎牧師
イザヤ書9:5
ルカ1:26〜38

 

 『マトリックス』という1999年に公開された映画は機械対人間といったありがちなテーマながら、いつか救世主によって自由な日が来るというキリスト教的な世界観が良く描かれている作品です。それは、映画だけの話ではなく、私たちの現実の姿だと思うのです。

 マリアは、どこにでもいた結婚を控えた普通の女性でした。そのマリアが何の前触れもなく、天使の訪問を受けたのです。「恵まれた方おめでとう。」そして救い主を身ごもることを告げられたのです。マリアは確かに救い主を待ち望んでいた者の一人でしたが、まさか自分の前に天使が現れ、聖霊によって子を宿すとは夢にも思っていなかったでしょう。彼女が選ばれた理由は、彼女に特別な何かがあったのではなく、主なる神が人間を愛し、救いの約束をされていたからに他なりません。そしてその約束を神は、その愛ゆえに現実のものとして下さったのです。旧約の時代、イスラエルの民は自分たちだけを救う神を信じていました。しかし、それは主イエスの到来によって、全人類の救いだと示されたのです。今私たちは、不完全で、不正がまかり通る世界に生きていますが、神様はこの世界から私たちを救い出すために、御子をこの世にお遣わしになりました。「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛して、私たちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。」(1ヨハネ4:10)これこそ、希望の約束なのです。しかしそれは、十字架の死という大きな代償を伴わねばなりませんでした。ですから、私たちは主の降誕という嬉しいクリスマスを、世間の人々がするような、浮かれて騒ぐだけのものにするのではなく、私たちの罪のためにお出で下さったという厳粛な気持ちでこの時期を過ごすのです。そして、この世界の先に本当の世界というプレゼントがあることを大切な方に伝えたいのです。

説教詳細は休みます