渋沢教会
更新日:2019.5.6

1月28日 御言葉の説教「終末時計は動いている」

大井 啓太郎牧師
イザヤ3:1〜4:1
ルカ19:41〜44

 

 イザヤ書3章は、前半の1-15節は表題にあるように南ユダ王国のこれからについて、具体的な警告がなされている箇所です。2:22では人間に頼るのをやめよ、と言われていましたが、1-3節では、主だった人や食料などが取り去られてしまうことが語られています。その結果、国は混乱しました。これは、紀元前586年に起きた、南ユダ王国滅亡とバビロン捕囚によって実際の出来事となりました。頼るべき指導者、祭司、占い師すらいなくなってしまうのです。戦争によって、住む場所が無くなるということも悲惨ですが、リーダーがいない無秩序な社会というのも、同じように悲惨です。4・6節の描写は、人材がどこにもおらず、ふさわしくないものが立たされるという、国としては末期的な姿が描かれています。

 しかし、それでもイザヤは10節にあるように、主に従うものの幸いを語ります。指導者が国を滅亡に招いても、多くの人々が偶像礼拝を行い、背きの道を歩もうとも、あのノアがそうであったように、あのロトがそうであったように救いの道は備えられているのです。

 後半16節から4:1は、エルサレムに住む貴族の女性たちへの預言でした。シオンの娘という言い方は契約の民イスラエルを指す言葉としても使われるのですが、ここでは、南ユダ王国の滅亡の要因となった偶像礼拝が、異国より嫁いできた女性たちによってもたらされたという事実から特に言及されているのです。その始まりはあのソロモン王からでした。列王上11章を見ると「多くの外国の女を愛した」と記されています。彼は彼女らからもたらされた異国の神々を祭ることまでしました。繁栄の裏にはすでに破滅の予兆が見えていたのです。内部崩壊が始まっていたのです。今世界は、世界終末時計が示すように「その日」に向かっています。それが不可避だとしても、私たちは執り成し手として最善を尽くさねばならないのです。

説教詳細は休みます