渋沢教会
更新日:2019.5.6

1月1日 御言葉の説教「み言葉に整えられて」

大井 啓太郎牧師
詩編119:105〜112
Uテモテ3:16〜17

 

 2018年は「災」という字が今年の漢字に選ばれたように、国内外で大きな地震や異常気象などの自然災害が発生しました。中東のサウジアラビアでは平年の2000%を上回る雨が降った結果、砂漠が緑に覆われ、逆にヨーロッパではライン川が干上がっているそうです。それだけでなく、ヨーロッパやアメリカの難民問題や、モリカケ問題に始まる公文書改ざんなど国内外の政治と行政の不信、社会の急速なIT化など、私たちは先が見えない不安の中に置かれています。

 だからこそ、私たちは主なる神様から、進むべき道を教えていただかなければなりません。2018年は「み言葉に整えられて」という教会主題の元、歩んできましたが、改めて私たちにとってみ言葉とはどのようなものなのでしょうか?

 私にとってみ言葉は、私の人生を決定的に方向付けた羅針盤のようなものでした。真剣に向き合う時、その言葉は時に厳しく、救われてもなお罪人であるという現実を知らされ方向転換を迫られることもあります。だからこそ、私たちは主なる神に救いを求め、神の子として生かされている喜びと共に、なお罪人の私たちを導かれるその教えと戒めが必要なのです。

 私たちは、何かを学んだり覚えたりするために強いられなければなかなか身につけることもともとが困難な存在です。しかし、苦労して得たものはなかなか忘れないものです。日曜日の礼拝出席も、聖書を読む習慣や祈る習慣は最初は大変なものです。しかし、習慣となれば逆にそれをしないと落ち着かないほどにもなります。新しい年もみ言葉に整えられて、クリスチャンとしての務めを果たしていきましょう。

説教詳細は休みます