渋沢教会
更新日:2019.11.19

1月20日 御言葉の説教「あなたの宝物は?」

大井 啓太郎牧師
イザヤ33:1〜6
マタイ13:44

 

 「主よ、我らを憐れんでください。我々はあなたを待ち望みます。朝ごとに、我らの腕となり/苦難のとき、我らの救いとなってください。」と祈ったイザヤの祈りの本質は、自らの命の救いではなく、南ユダだけではなく、分裂していた民族の一致であり、異民族を含めた平和でした。また、イザヤの祈りは具体的な行動になりました。私たちもまた、真実に祈るとき、神様から確かに何かを示されるのです。自分や家族や友人知人の幸せであれば、そのために自分にできることが示されます。しかし、自分の力ではどうしようもない事柄について、神様はひとり子主イエス様を与えてくださったように、想像をはるかに超えた答えを私たちに示してくださるのです。

 5-6節は現代に生きる私たちへのメッセージのようです。イザヤが生きた時代、国は滅亡の危機が迫っていました。アッシリアの王センナケリブは、南ユダの王ヒゼキヤが多額の金銀をもって謝罪し、和睦を請うたにもかかわらず、約束を破って再進軍したのです(列王下18:13-25)。ヒゼキヤは祈り、主なる神はその祈りを聞かれ、アッシリア軍は撤退し、センナケリブは息子たちによって殺されました(列王下19:15-20、35-37)。このように不条理な世界を主なる神は、高い天から見ておられ、正義と恵みの業を満たされるというのです。そしてあなたの時を堅く支えられるというのです。この神を信じることこそ、私たちの知恵と知識であり宝なのです。

 あなたの宝とは何か?と問われたときに、私たちはこの世のどんな宝よりまず「主なる神」と答える者でありたい。主なる神様が、どんなときにも私たちを守ってくださっていることを信じたい。

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