渋沢教会
更新日:2019.11.30

2月3日 御言葉の説教「安らかな住まい」

大井 啓太郎牧師
イザヤ33:17〜24
マルコ5:1〜4

 

 この33章は、アッシリアから新バビロニア帝国に覇権が移る一時的な平和な時代に書かれたのだと思います。南ユダ王国を攻めている間に、ヒゼキヤの祈りによってアッシリア軍が退却したという記録が、列王記下19:35(p614)に記されていました。実はその物語はこれから見ていくイザヤ書36−37章に記されています。預言書ですから、その預言の成就として36−37章に記されているアッシリアの退却が実現したと理解しなければならないのかもしれませんが、預言というのは、ただの未来予知ではなく、神の救いに関する事柄ですから、一時的なことではなくもっと普遍的な事柄が隠されているのです。ですから、今日の17節以降のところは、アッシリアの脅威が一時的に去ったことがありますが、同時に本当の救い、私たちの本当の目的地について、書かれているのです。ですから、預言書というのは、時代を超えて読み継がれるのです。

 では、わたしたちへのメッセージとしてこの個所を読むとどのように読めるでしょうか?17−19節は、私たちの苦しみは過去のものとなるということ、20−24節は、永遠の都エルサレム。すなわち天の国の様子です。

 私たちを襲う苦しみ悲しみは、過去のものとなり、私たちは主なる神を見るのです。もうそれはどこにも移されることのない「安らかな住まい」なのです。先日、老人ホームでメッセージをしました。その老人ホームはキリスト教の礼拝をすることができるのです。しかし、そのようなところは多くありません。いつまでも礼拝できる、そんな場所に住みたいと思いますがなかなかそうならないのです。ですから、この「安らかな住まい」というのは、私たちにとっても切実な願いだと思うのです。神様はそれを約束してくださっているのです。天の国には、流れ出る川があると書かれています。それは神様のあふれ出る愛を形容した言葉です。私たちは主イエス様によってこの都の住人となっているのです。主イエス様に出会ったゲラサ人のように私たちも本当の命に招き入れられるのです。

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