渋沢教会
更新日:2020.2.1

2月17日 御言葉の説教「報いる神が来られる」

大井 啓太郎牧師
イザヤ35:1〜10
マタイ11:2〜6

 

 先週の34章は、不気味で恐ろしい預言でした。それほどまでに神の裁きは厳しく、恐ろしい面をもっていることを学びましたが、35章は「砂漠よ、花を咲かせよ」とそれまで何もない砂漠や荒地が恵みの雨によって、それこそ一面に花が咲き、川が流れる美しさから、神様に従うものの幸いを語っているのです。種は花咲く時をじっと待っている。そして、一度雨が降れば驚くほどの速さで成長し、花を咲かせ、種をつけるのです。これは、どのような逆境に人が置かれたとしても、神様の恵みが雨のように降り注げば人は再び、立ち上がり花を咲かせることができるということを表しています。国が侵略され、町が破壊され、人や財宝が奪われ、荒れ果てたとしても、悪に報いられる神が来て救ってくださる、というのが今日のポイントです。ここの砂漠と荒れ野という言葉をご自分の名前を入れて読んでみてください。神様の恵みを雨のように受けるなら、私たちの人生もこのように劇的に変わるのです。

 5節以降には「見えない人の目が開き、歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口がきけなかった人が喜び歌う」とあります。そんなことあるのかと、私たちは思ってしまうのですが、何もないところに花が咲き、川の無いところに川が流れるイスラエルの風景を見ている人々にとって、神様の力によって、このようなことが本当に起こることは、信じるに値することなのです。そして事実、実際に苦難の中で死にかけていた人々が、主イエス様との出会いの中で、生きる希望を与えられたことが新約聖書には記されています。

 牢に捕らわれていたヨハネは、弟子を通して問いました。「来るべき方はあなたでしょうか。それともほかの方を待たねばなりませんか」と。主イエス様はイザヤの預言が成就していることを伝えなさいと語りました。私たちもまた、預言の成就者主イエス様によって新たに命が与えられているものです。心の目や耳が開かれ、神を賛美する喜びが、主によって心の内から湧きあふれてくるのです。

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