渋沢教会
更新日:2020.2.1

3月3日 御言葉の説教「聞かれる祈り」

大井 啓太郎牧師
イザヤ37:1〜38
マタイ6:5〜15

 

 アッシリアから2度にわたる降伏勧告を聞き、南ユダのヒゼキヤ王は衣を裂き、主の神殿に行き祈ったのです。そして、同時に預言者イザヤにとりなしの祈りを要請したのです。このヒゼキヤの祈りで注目すべきところは、何度も「主よ」と呼び掛けているところです。彼の切実さが強く表れているのです。そして、イザヤも「恐れるな。私はこの都を守り抜いて救う。」という主なる神の言葉をヒゼキヤに伝えました。そしてその主の言葉は実現しました。アッシリア軍は18万5千人が倒れ、センナケリブは退却したのです。これは伝染病か何かであったのでしょう。そして、センナケリブは事実、謀反によって20年後息子たちに殺されてしまうのです。

 このように、主なる神は、ヒゼキヤの祈りに素早く応えてくださいました。ヒゼキヤは偶像崇拝をしていた神殿を取り除き、もともとの唯一なる主なる神への信仰を回復させた王として、聖書は高く彼を評価しています。彼の祈りはダビデ王の祈りに通じる敬虔さが確かにあります。新約聖書でイエス様は、祈りについて教えられました。そこで語られたのは「偽善者であってはならない」ということです。大切なのは真心をもって祈るということです。心を注ぎ出すように祈るということです。さらに言えば、自分のために祈るのではなく、人のために祈る時、またそれが人のためになる時、その祈りは大きな力をもつのです。これを「とりなしの祈り」と言います。自分の成功や救いのために祈るのではなく、他の人々のために祈る。これが聞かれる祈りの秘訣なのです。祈りは信仰者の武器でもあります。上手に祈れなくとも、それは重要ではありません。精一杯祈る祈りを神様はしっかり聞いていてくださいます。

説教詳細は休みます