渋沢教会
更新日:2020.2.1

4月14日 御言葉の説教「イエス様に叱られる!」

大井 啓太郎牧師
イザヤ56:6〜8
ルカ19:37〜48

 

 最近NHKの番組で「チコちゃんに叱られる」という番組が人気だそうです。世の中の誰もが当たり前に思って気がつかないことを質問して、答えられないと「ボーっと生きてんじゃねえ!」と決め台詞を言うのです。2000年前、イエス様もユダヤの都であったエルサレムの神殿で、人々を「ボーっと生きてんじゃねえ!」と叱ったのです。

 それは、過ぎ越しの祭りで起きました。この祭りはユダヤ人が奴隷として暮らしていたエジプトからモーセによって脱出した際、神様が奇跡を起こしてくださり、脱出できたことを民族こぞって感謝するものです。イエス様もその過ぎ越しの祭りにエルサレムに来たのです。しかし、それまで様々な奇跡を起こしていたイエス様を人々は、民族を救う救世主として迎えたのです。なつめやしとよばれる木の枝葉を打ち振り、着ていた服をその道に敷いて、主イエス様を迎えたのです。当時の人々はローマ帝国の圧政に苦しみ、神の民という民族の尊厳を奪われていました。預言通り子ロバに乗ってエルサレムに入城するその姿を見て、人々はこの人こそ、我々を解放してくれる王という確信を持ちました。

 そして都エルサレムに入った主イエス様は、神殿で商売をしていた人々を見ました。焼き尽くす献げものとしての牛や羊が売られ、外国に住んでいるユダヤ人たちは、ここでユダヤの通貨に両替をすることができたので、便利だったのです。しかし、主は神殿がそのような商業主義に染まっていることに怒りを覚えられ商人たちを追い出し始められました。「祈りの家を強盗の巣にした」と。その言葉は、商人たちだけでなくそれを許していた祭司や、律法を曲解していたファリサイ派の人々に向けられていたのです。祭司たちにとって主イエス様の行為は、神殿の冒涜、伝統の破壊に映ったでしょう。彼らは主イエスを殺す計画を立てますが、しかし、主は恐れることなく神の国について教え続けられました。何が本当で、何が大切なのか。そのような主の激しいパッション(情熱とも受難とも訳せる)は私たちの救いのためだったのです。

説教詳細は休みます