渋沢教会
更新日:2020.2.5

5月26日 御言葉の説教「愛される資格」

大井 啓太郎牧師
イザヤ41:1〜16
ルカ7:11〜17

 

 最近、私は大相撲を見るようになりました。もっぱら炎鵬という力士を見るためです。炎鵬は、体重が100キロないのです。幕内力士の平均体重が160キロを超える時代の中、100キロ未満の幕内力士というのは珍しいのです。しかし、倍もあろうかという相手に向かっていく姿が、なんとも応援したくなってしまうのです。

 神様が作ってくださった私たちには、小さいもの弱いものを守りたい、支えたいというDNAが組み込まれており、それは神様がその様なお方であるからです。ユダヤの人々はこれまで見てきたように、偶像礼拝を重ね、自分たちの力を頼りにして、主なる神様を裏切り続けてきました。イザヤ書39章まで、そのようなユダヤの民に対してイザヤは神様に立ち返れと警告を発してきました。まあ、私たちでしたら、何度も何度も裏切られれば、いい加減愛想も尽きてしまうのです。

 私が勤めているやまばとハウスの利用者さんの中には、障害のゆえに、「それはしちゃだめだよ」といっても繰り返ししてしまう人がいます。例えば自分の好きなおかずがあると隣の人のご飯でも食べてしまったり、服を何枚も破いてしまったりする人がいます。しかし、そのような利用者の姿に神様から「それはしちゃダメだよ」と語りかけられている自分を見るのです。ああ、自分も神様の目から見れば、同じなんだなと思えるのです。ただ違うのは、神様は愛想を尽かすことなく、私たちを励ましてくださるということです。14節には「恐れるな、虫けらのようなヤコブよ、イスラエルの人々よ、わたしはあなたを助ける」とあります。虫けらのような存在だから、助ける価値がないのではなく、虫けらのような小さな弱い存在だからこそ、神様は助けると宣言されるのです。「恐れることはない、私はあなたと共にいる神。たじろぐな、私はあなたの神。勢いを与えてあなたを助け私の救いの右の手であなたを支える。」(10節)

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