渋沢教会
更新日:2020.2.8

7月14日 御言葉の説教「NOWからNEWへ」

大井 啓太郎牧師
イザヤ43:16〜28
Uコリント6:1〜1

 

 バビロン捕囚は約50年続きました。50年を長いと思うか短いと思うか。私が今53歳ですから、それから考えれば、ダビデやソロモンが栄華を極めた時代はもはや伝説であり、捕囚後に生まれ育ち、都エルサレムすら知らない人々が大勢いたはずです。しかし、人々は預言者たちの言葉によって自らのアイデンティティを失うことなく待ち続けることができたと思うのです。16・17節は、出エジプトの紅海をわたった出来事です。主なる神様は、人々に第2の出エジプトを語っているのです。

 しかし、続く18節では、「初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。」と、過去を振り返るなと語られています。歴史は私たちに大切な教訓を与えてくれますが、同時に「そのようなことは前例がない」と、新しい事を行う力を奪う力にもなる場合があります。主なる神様の言葉ではなく、歴史の前例に従うことになるのです。

 私は、今日の説教に「NowからNewへ」と付けました。「今から明日へ」というような意味合いを持たせたかったのですが、なぜ英語を使ったのか、それはたった一文字の違いで全然違うという発見をしたからです。先週から訪問介護の研修を始めました。新しい仕事を始めるというのは、どんなに簡単な仕事でも大変です。そして、そんなに大変なら、今までのやまばとハウスの仕事でもよかったんじゃないかと問われたら、確かに、今の状態でよいなら、それでもいいと思います。しかし、それはあくまでも「今Now」であって、教会の「新しいことNew」のためにはならないのです。ちょっとの違いのように見えますが、これからの教会を考えるなら、今まで申しあげてきたように、牧師個人ではなく教会が地域とつながることが、大切なのです。「今や、それは芽生えている」今のためにではなく、これからのために、どうぞ共に祈っていきましょう。

 

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