渋沢教会
更新日:2020.2.8

9月15日 御言葉の説教「み心に気づく」

大井 啓太郎牧師
イザヤ49:1〜9
Tヨハネ5:14

 

 イザヤ書49章には、1節「わたしに聞け…耳を傾けよ」とあります。遠いという言葉の意味は距離的な遠さであり、主を知らないという意味での遠さでもあります。以前テレビで、南極のペンギンは何千羽という群れで生活するなかで、海に狩りをして戻ってきた時に、親ペンギンは自分のひなの声を聞き分けるという様子を見ましたが、どれもが同じように見えても、やはりずっと一緒にいれば、少しの違いが分かるのでしょう。私たちも、いつも神様のおそばにいる生活をしていれば、自ずから何が神様の声で、何が悪魔の声か聞き分けることができると思うのですが、自分の願いとか、他人との比較とか、プライドという大きな雑音によって、神様の声が、聞こえなくなってしまうのです。自分が今ここにいる意味、目的、そのようなものが分からなくなってしまうのです。また、神様の声に真剣に向き合わなければ、聞いていても聞いた内に入らないということもあります。よく、テレビで「〜をおいしく食べる裏技」など情報番組が数多く放送されていますが、その時はなるほどと思っても次の日にはすっかり忘れています。同じように神様は聖書を通して語ってくださっていても、それを自分の生活に生かさなければ、本当の意味で「聞いた」事にはならないのです。

 神様はあなたを重んじられています。2-3節は、とっておきの武器として、用意されているということですし、5-6節では「主の御目にわたしは重んじられている…わたしはあなたを僕として…それにもましてわたしはあなたを国々の光としわたしの救いを地の果てにまで、もたらすものとする」と述べられています。これは、預言者イザヤに対して語られたものですが、同時にこの言葉を神の声として聞くもの全てに対しての神様のみ心だと言えます。

 無意味なことのようでも、その仕事の意味が分かると、私たちは自分で考えるようになり、工夫することもできます。あなたの人生は、神様が与えてくださった、あなたにしかできない役割があります。それに気づいた時、あなたの人生は劇的に変わるのです。

 

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