渋沢教会
更新日:2020.2.8

10月13日 御言葉の説教「立ち上がれ!」

大井 啓太郎牧師
イザヤ51:17〜23
ルカ17:11〜19

 

 51章の前半は、バビロニアにいる捕囚民に対して語られた言葉でしたが、今日の17節〜は、目的の地エルサレムにいる人々に対して語られたものです。エルサレムが陥落しユダ王国が滅んだ時、エルサレムから多くの財宝と共に、王や有力者、技術者などが連れていかれましたが、その旅に耐えられそうもない老人や、奴隷としての価値もないような人々は、そのままにされたのです。そのことが列王記下24、25章に記されています。さらに、残された人々の上には総督が置かれ、重い税が課せられたのです。

 ですから、51:19、20節にあるように「破壊と破滅」という一時のことでなく、続く半世紀の間「飢饉と剣」「力尽きて伏している」とあるように飢えと、抑圧が続いたのです。23節にあるように、残されたものもまさに、「背中を地面のように、通りのようにして踏み越える者にまかせる」ほかなかったのです。希望などその生活の中には生まれようがありませんでした。21節「酒によらずに酔い、苦しむ者」とは全く日々の生活に希望を失い、茫然自失となっている人々のことを指しています。

 そのようなエルサレムの人々に対して、主なる神様は、「目覚めよ、立ち上がれ!」と呼びかけられるのです。「神の憤りの大杯をあなたは再び飲むことはない。」と。「あなたを責める者の手にわたしはそれを置く」と。その神様の励ましは、52章に続いていき、そして、それはこの世界の主であるイエス・キリストの預言へと続くのです。

 私たちのこの国も、多くの辛い歴史があり、私たち自身にも悪夢のような現実がつきつけられることがあります。今回の台風にしても、今朝のこの青空が嘘のように昨日は嵐だったのです。昨日水無川のそばを通りました。すごい水の量でした。しかし、幸いにも氾濫はしなかった。地震も幸いにも小さかった。しかし、実際、長野では決壊し多くの人々が被災しているのです。それは他人事ではない、すぐ隣で起きた出来事なのです。だからこそ、私たちは、主の「立ち上がれ!」という時代を超えた言葉に力をいただきたいのです。

説教詳細は休みます