渋沢教会
更新日:2020.3.14

11月10日 御言葉の説教「旧約聖書の中心A」

大井 啓太郎牧師
イザヤ52:13〜53:12
Tペトロ2:21〜25

 

 イエス様の弟子たちが、読んでいた聖書は旧約聖書だけでしたから、彼らのベースは、誰に説明するにしても、旧約聖書からでした。ですから、イエス様をメシアとして説明する時、「預言者を通して言われていたことが実現するためであった」と旧約聖書の引用を繰り返し繰り返しするのです。それは無学な弟子たちが、純粋に聖書を読んで、イエス様のことが聖書のここにもあそこにも書かれている!という驚きだったのだと思うのです。

 新約聖書の中でイザヤ書の引用は69か所もあるそうですが、この52:13-53:12はイエス様の存在の意味を語る特に重要な箇所で引用されています。ペトロの手紙では、キリストが苦しみを受けたのは、私たちの模範であると書かれています。私たちが生きるための身代りだというのです。私たちの罪を清めるために、その代価としてご自分も苦しむことを選ばれたのです。神様は私たちの苦しみや弱さをそのようにして知ってくださったのです。また、このイザヤ書が誰について預言しているのか分からなかった、エチオピアの宦官に対して、弟子のひとりであるフィリポが説明していたのは使徒言行録8章でした。そしてヨハネ福音書12章では「イザヤは、イエスの栄光を見たので、このようにいい、イエスについて語ったのである。」とイザヤが主イエス・キリストを預言していたと語ります。何より、主イエスご自身が、「言っておくが、『その人は犯罪人の一人に数えられた』と書かれていることは、わたしの身に必ず実現する。わたしにかかわることは実現するからである。」と、ルカ福音書22章で、イザヤ書の預言は自分において成就することを語っているのです。

 このように旧約聖書は新約を理解するうえで重要なのです。来月はもう12月、主のご降誕を祝う月です。主の深い愛を思いめぐらし、感謝して歩みましょう。

 

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