渋沢教会
更新日:2020.3.14

11月17日 御言葉の説教「新しい祝福」

大井 啓太郎牧師
イザヤ54:1〜17
ヨハネ6:41〜48

 

 イザヤ書52:13-53:12で、誰もが想像し得なかった救い主の姿をイザヤは預言しましたが、それは十字架にかかる主イエス・キリストのお姿そのものでした。しかし、そのように私たちの想像を超える形でやって来られた方がもたらした救い、祝福もまた、信じられない内容だったのです。それがイザヤ書54章の内容です。ここでは、具体的な例として子どもが与えられない女性を祝福しています。さらに56章では、ユダヤ人にとっては考えられない外国人や男性として子を設ける事ができない宦官に対しても、「私の家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」(56:7)と主に従うものは誰もが、神の家すなわち、神の国に招かれるということを宣言しているのです。これは驚きです。この祝福は、それまで祝福に値しないと考えられていた人が大どんでん返しで、幸福を得られるということなのです。それは確かに、主イエス・キリストによって実現されていたことが新約聖書に記されています。福音書を読めば、主イエス・キリストが律法によって罪人とされ、接触すら禁じられた病気の人々や、外国人など、それまで顧みずにおかれた社会的に虐げられていた人々、価値がないとされた人々に真の慰めを与えられたことが分かります。福音書そのものが、「新しい祝福」を証言しているのです。ではこの時代、私たちにとっての「新しい祝福」とはどのような事柄なのでしょうか?主が示された新しい祝福とは、いつの時代にあっても、私たちの偏見の中で生きる希望を見出せない人々に対してなされる新しい祝福なのです。神様の愛は、われわれのちっぽけな常識を凌駕して及ぶ愛なのです。誰に対してでも語られる神の約束、よき知らせでなければならないのです。主イエス様が律法を乗り越えたように、私たちも愛に基づいて既成概念や恐れを乗り越えることこそ、「主に従う」ということではないでしょうか?「喜び歌え!」

 

 

 

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