渋沢教会
更新日:2020.3.14

2月16日 御言葉の説教「神の家族になる」

大井 啓太郎牧師
ホセア6:1〜6
ローマ12:1

 

 昨年私たちの年間主題は、「わたしたちは神の家族−礼拝に生きる」でしたが、この聖句は、私たちに「なすべき礼拝」について語っています。私たちがなすべき礼拝は、自分を生けるいけにえとしてささげることだと、使徒パウロは語ります。「賛美が好き」「聖書が好き」「雰囲気が好き」「お祈りが好き」というような思いで、礼拝に足を私たちは運んでしまいがちですが、自分を捧げるということが礼拝の本質です。捧げてしまいますから、神様の御心のままに用いられるしかないのです。そして与えられる使命が、キリストの体の一部となるということです。実際の体が、それぞれ補い合って一つの体を形作るように、私たちも賜物に応じて互いのために役立ち、一つの体となるのです。総会資料を見ると、実に多くの奉仕によって、教会は成り立っています。色で言うなら本当にいろいろな色が混ざり合うことによって新しい色となり彩りとなります。味で言うならいろいろな味が、混ざり合って深みを出します。もしここに調和がなければ、不気味でまずいものになりますが、主なる神様が私たちを絶妙に組み合わせてくださっていますから、私たちは神にあって一つとなり、神にあって家族になれるのです。

 家族という言葉も英語の聖書を見るとファミリーという言葉ではなく、ハウスホールド(household)という単語がよく使われています。ファミリーというのは、やはり血がつながった関係をいい、このハウスホールドというのは、同じ場所で生活する人々を指しています。ここで重要なのは、同じ経験を共有しているということです。ロマ書12章15節には「喜ぶ人とともに喜び、泣く人とともに泣きなさい」という言葉がありますが、まさに教会の出来事を共に喜び、共に泣くことができることが、神の家族なのです。一人一人の教会を支えようとの思いが形になる。足りないところ、改善するところ、見直さねばならないところはまだまだあります。しかし、主が万事を益として下さることを信じて歩んでいきましょう。

 

 

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