渋沢教会
更新日:2020.9.26

9月13日 御言葉の説教「主イエスの教えB 本質は何か」

大井 啓太郎牧師
出エジプト20:13〜17
マタイ5:17〜32

 

 主イエス様も律法を学び、律法に従って生きておられました。しかし、主イエ ス様の律法理解は、当時の人々、特に伝統的に律法を教えていた律法学者やファ リサイ派の人々とは大きく異なっていました。 主イエス様の生きた時代には24 8の命令と365のしてはならないとされた禁令があったそうで、主イエス様は このような当時の状況に否を唱えたのであり、また、神の本来の思いとは違 うも のに変えてしまった律法学者らを批判したのです。

 その第一が「殺してはならない」という律法でした。殺すという行為は存在の 否定です。また、自己の絶対化でもあります。 実際殺してはいないが、憎しみや 怒りによって、しばしば、他者の存在を否定する。実はこれこそが、罪なのだと、 主イエス様は指摘するのです。主イエス様は怒りの中にすでに罪が芽生えている ことを教えるのです。主イエス様は最も重要な掟は、神を愛する事と、隣人を愛 する事と教えられました。律法はこの2つから理解しなければならないのです。 主イエス様は、具体的な行動を 起こしなさいと、勧めています。誰かと関係 がぎ くしゃくしていたなら、今和解しろというのです。

 つぎに主イエス様は、姦淫について語られています。主はみだらな思いで、異 性を見るならそれはすでに姦淫を犯したと同じだと言われました。姦淫する者の 目には、 快楽の対象・道具でしかないのです。そこには自己中心的な愛しか存在 していません。主なる神の示す本当の愛とは似ても似つかない物なのです。

 この主イエス様の言葉を聞くにつけ、私など、体ばかりかその心さえ捨てなけ ればなら ない思いになりますが、その神の国に値しない罪人が主の赦し によって 生きる事ができる。だから、私たちは一心に主を追い 求め、主にその罪を告白し、 自らの心にある悪しき思いを清めていただく必要があるのです。そして、それは、 一生涯続く戦いです。悪魔は絶えず私たちの心を闇へと引きずりおろそうとしま す。それは些細な出来事、ちょっとした怒りや不満から始まるのです。身を慎ん で生きていきたい 。

 

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