渋沢教会
更新日:2020.10.25

10月25日 御言葉の説教「主イエスの教えGただ一点を見る」

大井 啓太郎牧師
イザヤ6:9〜10
マタイ6:22〜24

 

 私たちはいろいろな外部からの情報を、目や口や鼻、皮膚などから感じ取りま すが、「光」に関しては目から受け取るのです。光があり、その光を受け止める のが目です。そして、目は光と共に、物事の形も受け取ります。光を見る目があ るからこそ、光を認識できるのです。もし、光があっても、それが見えなければ ないのと同じなのです。私たちにイエス様が語りかけるのは、霊的な意味におい て何を見るかということです。光はもちろん神様です。イエス様は、その光を見 る目こそ、体のともし火だというのです。そしてその光に照らされたものが何で あるのか、それこそが重要です。

 しかし、私たちは私たちの思いで、その神様の光を曇らせていることが往々に してあるのです。こうあってくれれば、このようなことは見たくない、そのよう な思いが、私たちの心の目を曇らせているのです。これまで、祈りについて学び ましたが、自分の欲することだけ見たい。聞きたいと願い、自分の好まざる現実 を受け止めることができないと、祈りが聞かれていないと私たちは思ってしまい ます。しかし、実はその好まざる現実が神様の答えであることもあるのです。し かし、それを受け入れられない。神様中心ではなく、自分中心であるからそのよ うに思ってしまう。まさにそれは心の目が曇っている状態なのです。

 心の目が曇ってしまう。だから私たちはイエス様が指摘されるように、二人の 主人に仕えてしまうような生き方をしてしまうのです。イエス様ははっきりと言 われました。「あなた方は、神と富とに仕えることができない」と。欲にくらん だ者の目は、富を求めます。そればかりを見ようとします。そして実際、現実世 界においてお金の力は絶大なのです。おいしいものを食べ、美しいものを着るこ とができるのです。しかし先週学んだように「あなたの富のある所にあなたの心 もある」のです。目を手術した方が今まで見えなかったものがよく見えるように なったという感想のように、神様のみ旨を、そのまま見ることができたら、受け 取ることができたら、それはなんと素晴らしいことかと思うのです。それを追い 求めていきましょう。

 

 

 

説教詳細は休みます