渋沢教会
更新日:2021.1.31

1月24日 御言葉の説教「チョチョイのチョイ?」

大井 啓太郎牧師
イザヤ53:4〜5
マタイ8:14〜17

 

 主イエス様はカファルナウムのペトロの家で、熱を出して寝込んでいたペトロ のしゅうとめを癒しました。そこに、大勢の病人が運ばれてきました。病人がイ エス様の前に寝かされるとイエス様は、優しく声をかけ、ルカ福音書によれば、 手を置いて癒され、まさに手当てをされました。マタイはこのような姿にイザヤ 書を引用してメシアの到来を告げています。

 私は、主の癒しの物語を読むにつけ、神様の力で何人かまとめてチョチョイの チョイと病気を治されたら、いや、そもそも神様が病気をこの世界に創造されな かったら、そもそもアダムとエバが罪を犯さないようにされていたなら…とどう しようもない問いが浮かんでしまうのです。しかし、神様は天の高いところから チョチョイのチョイと人を救うのではなく、この世界に大切な独り子を遣わして、 この世を救おうとされたのです。そして、その独り子もまた、一人一人の痛み苦 しみに接し、共有するという方法で、癒されたのです。重い皮膚病の人も百人隊 長を通して癒された人も、共通するのは、主イエス様との人格的な出会いがあっ て、そこで癒されているということです。

 「私はぶどうの木、あなた方はその枝である。人が私につながっており、私も その人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。(ヨハネ15:5)」。主 イエス様の力が働かれるためには、イエス様と私たちがつながっているというこ とが何より大事なことであり、それがまさに信仰なのです。そして、残念ながら イエス様とつながっていたとしても、治らない病もあります。しかし、それは神 様が私たちに違う生き方を示しているのだと思うのです。

 奥様を病で天に送られたある信仰者は「イエス様が素晴らしいのは悲嘆にくれ た人と共にいてくださることだと思います。…大きな悲しみを味わった人にしか できない仕事もあると思うのです。僕に託された仕事は何か、祈り求めていこう と思います。」と証しされました。主イエス様の癒しの出来事には、単に病が治 る治らないを超えた恵みがあるのです。

 

 

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