渋沢教会
更新日:2021.3.21

3月14日 御言葉の説教「元気になりなさい Byイエス」

大井 啓太郎牧師
レビ15:25,31
マタイ9:18〜26

 

 主イエス様のもとに、ある指導者が来て「私の娘がたった今死にました。でも、 おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう」と 懇願しました。興味深いのは、マルコ、ルカ福音書とは微妙に違うところです。 主イエス様が指導者の家に向かう途中に出会った12年間出血が続く病で苦し んでいる女性のいやしは、マルコ・ルカ福音書は、この女性がイエス様の服に触 れた途端、不思議な力がイエス様から勝手に出て行って癒されたと記しているの ですが、マタイは、イエス様がその女性に語りかけてから癒されたと記している のです。「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。」と。これ はどちらが正しいという問題ではないのです。ただ、歴史的に見ればこの書き方 の違いのおかげで、イエス様の力は無意識でも働かれるのかという、議論も起き ました。しかしマタイは勝手に力が出ていくとは考えなかったのでしょう。彼女 との人格的なふれあいがあって癒しが起きたとマタイは伝えたいのです。

 そして、ようやく指導者の娘の所に来ました。周りの人は嘆き悲しんでいまし た。しかし、主は言われます。「眠っているだけだ」と。そして「娘よ起きなさ い」と命じられました。すると彼女は起き上がりました。マルコ、ルカには、彼 女はあの12年間病に苦しんでいた女性と同じ12歳だったと記されています。 奇跡とは信じるがゆえに起こる、この不思議さ!マタイ 13:58 では故郷ナザレ の人々のその不信仰ゆえに主イエスはあまり奇跡をなされなかったと書かれて います。

 私たちキリスト教は、ご利益宗教はいけないとか、三位一体を信じないとキリ スト教ではないとか、教理的なことをいろいろ問題にします。そのことによって 自分の正しさを示そうとしてきたわけですが、今日のみことばにあるのは、「た だ主イエス様を信じる」ということのみです。このようなまっすぐな信仰を私た ちは忘れていないだろうか、と考えさせられるのです。

 

 

 

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