渋沢教会
更新日:2021.4.25

4月18日 御言葉の説教「信じているとおりに」

大井 啓太郎牧師
イザヤ29:18
ヨハネ9:27〜34

 

 これまで様々な人々が、主イエス様によって癒されましたが、目の不自由な二 人は、「ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と叫びながらついてき ました。でも主イエス様はすぐには癒されなかったのです。「ダビデの子」とい う呼び名は、メシア、救い主を意味すると同時に政治的指導者の意味合いが強い ものでした。多くの人が行き交う道端で癒されたなら、それこそ町中が「ダビデ の子」と大騒ぎになったでしょう。主はまだその時ではないことを知っていまし た。そしてもう一つの理由は彼らの信仰を試されたのだと思うのです。「求めな さい。そうすれば、与えられる。…だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、 門をたたく者には開かれる。」(マタイ 7:7-8)この二人は諦めず、家の中まで ついてきました。その時主は「私にできると信じるのか」と語り掛けました。二 人は「はい、主よ」と答えました。主は「あなたがたの信じている通りになるよ うに」と、主イエス様は彼らの望みをかなえました。しかし、主は目が見えるよ うになった彼らに「誰にも知らせてはいけない」と厳しく命じました。主は「ダ ビデの子」という言い方をする彼らに、思い違いも感じとっていました。病の癒 しはそれだけで大きな恵みですが、同時に主が伝えようとされた神の国の到来と 救いの福音を背後に追いやってしまう危険性をはらんでいました。厳しく命じら れたにもかかわらず、彼らは結局嬉しさのあまり言い広めてしまいます。そして、 今度は悪霊によって口のきけない人が連れられてきました。彼らとの会話は記さ れていませんが、彼らも癒され、それを見ていた人々は「こんなことは、今まで イスラエルで起こったためしがない」と言って驚きました。しかしファリサイ派 の人々は目の前の素晴らしい出来事にただただ当惑し、そして、この奇蹟を悪魔 の力と決め付けてしまうのです。主イエス様の奇跡はイザヤ書で預言されていた 救い主の奇跡そのものだったにも拘らず。

 私たちは、奇跡によってではなく、主イエス様の十字架による贖いに込められ た真実の愛によって、我らの主、キリストと告白できるのです。

 

 

 

 

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